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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)942号 判決

控訴人 ヘルム・ブラザース・リミテツド

日本における代表者 ツアン・ビン・ラム

右訴訟代理人弁護士 浅見精二

被控訴人 瑞穂商事株式会社

右代表者代表取締役 岩崎直孝

右訴訟代理人弁護士 石川欣彌

三原克巳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。証拠〈省略〉

理由

原判決添附目録記載の宅地一筆及び山林一筆(本件土地)について、昭和四七年九月一三日に売主訴外岩井輝美と買主被控訴人との間において代金三六〇〇万一六〇〇円をもって売買契約が成立し、同年一〇月三一日にその所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三二号証の一、二によると、被控訴人が訴外岩井輝美に対して同年一〇月三一日までに右代金三六〇〇万一六〇〇円を支払ったことが認められる。そして、控訴人が宅地建物取引業者であり、訴外安藤早人が控訴人の仲介業務担当者であること、本件売買契約が右安藤の媒介によって成立したことは、いずれも当事者間に争いがないところ、控訴人の右媒介業務の執行について、以下考察する。

原審における証人安藤早人、同森下介忠、同渡辺卓朗の各証言、被控訴人代表者岩崎直孝の本人供述をあわせると、本件売買契約の媒介において、本件土地が売買時の現状をもって住宅等の建築用敷地に供しうるものでなければならないことが、当然のことながら、大事な前提であったことが認められるが、原審証人山口慶三の証言により真正に成立したと認める甲第二五号証の一から二一まで、第二六号証、第二七号証の一から三まで、同証言並びに原審鑑定人固武辰丙の鑑定の結果(昭和五五年四月八日付不動産鑑定評価書)によれば、本件土地は、第一種住居専用区域に属し、比較的閑静な住宅環境と日照、通風、眺望の良さに恵まれ、一見好個の不動産取引物件たる外観を呈しているものであるが、宅地造成等規制法による宅地造成工事規制区域に指定された土地であって、訴外豊川建設株式会社(旧商号 株式会社豊川組)が昭和四六年三月に宅地造成工事許可を得て擁壁、排水等の工事を施し、同四八年九月に工事完了の検査を受けたが、宅地造成に関する工事の技術的基準に適合しない施工であることなど、具体的に是正改善工事箇所を指摘されたまま放置してきたものであることが認められるから、右指摘に係る改善工事を実施して当初の許可申請に係る宅地造成工事を完了し、その検査済証の交付を受けないかぎり、本件土地を住宅等の建築用敷地に供することはできないというべきである。

また、本件土地の接面道路並びに本件土地に至る進入路に当る後記公道が本件土地につき建築基準法による建築確認を得る条件たる道路基準に適合しないものであることは、控訴人において明らかに争わないところであるが、成立に争いのない甲第九号証の一から一〇まで、第一〇号証、第一三号証、乙第一号証、第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第八号証、原審証人塩原壮、同固武辰丙の各証言、前同鑑定結果並びに弁論の全趣旨をあわせると、本件土地に到達する進入路は、市道から岐れて全長一〇三メートルに及ぶ公道であるが、公図上農道で幅員一・八メートルとなっているが、現況は、狭い箇所で二・七メートル(その長さ約三五メートル)、広い箇所で五メートルもある幅員の一定しない舗装道路であるから、さらに一・三メートルないし二・〇メートルの拡幅工事を要する箇所全長約四〇メートルの隣接地について、その権利者から使用権を取得し、右拡幅工事を施して右進入路部分の公道全体を幅員四メートルを充たす道路に築造するか、又は右公道部分について、一部の拡幅工事の実施と隣接地所有者の協力によって建築基準法四二条二項道路の指定を受けるかしないかぎり、本件土地を住宅等の建築用敷地に供することはできないことが認められる。

ところで、宅地造成等規制法及び建築基準法に基づく制限で右のような重要事項については、宅地建物取引業者は、その媒介に係る売買により不動産物件を取得しようとする者に対して、その売買の契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、的確に説明させなければならない注意義務がある(宅地建物取引業法三五条参照)。宅地及び建物の取引における購入者の利益の保護を図ることを、その目的事項の一つとして掲げる宅地建物取引業法(昭和二七年法律一七六号)の法意に照らして、右注意義務はたんなる規制法上のものにとどまらず、十分に規範的意味を有するものと解すべきである。

本件媒介のありようについてみるのに、成立に争いのない甲第二号証、原審証人安藤、同渡辺の各証言によると、控訴人の宅地建物取引業における取引主任者の一人で、本件売買契約の媒介事務をもっぱら担当した訴外安藤早人は、本件売買契約を媒介により成立させるに先立って、苟も宅地建物取引業者の取扱主任者として然るべき調査、照会等によって容易に確認しうる事項であるにもかかわらず、本件土地が宅地造成工事規制区域に属すること、及びその宅地造成工事の完了につき検査済証の交付を受けるにいたっていないこと、並びに本件土地への進入路となっている公道が建築基準法四二条一項所定の幅員基準に充たないものであること、及び右公道につき同条二項道路の指定がないことについて、その確認をすることなくして漫然と被控訴人側に対する現地案内等による物件説明をしたが、被控訴人に交付した物件説明書(甲第二号証)においても、本件土地を住宅等の建築用敷地に使用することにつき宅地造成等規制法及び建築基準法上の右のような制限事項など一切付いていないものであるとして、終始その媒介に努めたことが認められる。そして、原審における証人森下の証言、被控訴人代表者前同本人供述によれば、被控訴人代表者岩崎直孝、及び原審における控訴人の相被告で、被控訴人のために宅地建物取引業者として本件売買契約の媒介に当った株式会社作新の取引担当者訴外森下介忠は、本件土地が丘陵の南下りの頂上近くに位置し、横浜港を俯瞰する景観の佳い宅地であること、本件土地への進入路となっている前記公道が坂道ながら自動車を駆って難なく通行しうる舗装道路をなしていること、本件土地には造成宅地然とした擁壁が一おう廻らせていることなどの外観からして、安藤による右物件説明をそのまま信用し、宅地造成等規制法及び建築基準法上の制限事項に関しなんら不審を抱くことなく、本件土地が現状をもってして住宅等の建築用敷地に供しうるものであると信じて、安藤の右媒介による本件売買契約の締結に応じたことを認めることができる。

右の認定事実によれば、控訴人は、その媒介に係る本件売買の買主被控訴人に対して、取引主任者である安藤をして、本件土地に関し、宅地造成等規制法及び建築基準法に基づく前叙制限事項につきなんら説明をさせなかったことの過失をおかしたものであり、したがって、右過失によって被控訴人がこうむった損害を賠償すべき不法行為責任を負うものというべきである。

被控訴人の主張する損害の発生について以下順次検討する。

1.価額差損について

本件土地は、すでにみたとおり、第一種住宅専用区域にありながら、現状では、住宅等の建築用敷地に供することができない土地であるのみならず、原審における鑑定人固武辰丙の鑑定の結果(昭和五五年一一月四日付不動産鑑定評価書)によると、本件土地は、その進入路公道の終末部分の隣接地(地番一二一)につき使用権を取得しないかぎり、駐車場又は資材置場等にも使用することができないし、ただ畑として耕作の用に供する以外に使用収益法はないことから、本件売買契約時である昭和四七年九月一三日の一平方メートル当り価格は一万三五〇〇円であると評価しうることが認められ、前掲乙第二号証によると、本件土地の実測面積は七八四・八〇平方メートルであることが認められるから、本件売買契約当時における本件土地の交換価値は一〇五九万四八〇〇円であるということができる。そして、被控訴人が本件土地の売買による取得代金として三六〇〇万一六〇〇円を支払ったことは前認定のとおりであるから、その差額二五〇五万六八〇〇円は被控訴人の損失に帰するものというべきである。なお原審における鑑定固武辰丙の鑑定の結果(昭和五五年一一月四日付不動産鑑定評価書)によると、本件土地は一般的地価上昇の趨勢により昭和五五年三月当時において価格二四六四万二七二〇円と評価しうることが認められるが、右の損害算定上これを斟酌することは相当でない。

2.媒介手数料について

本件売買に関し、被控訴人が株式会社作新にその媒介を依頼し、右作新がその媒介をしたことは、すでに認定したところであるが、右媒介の手数料として金一〇八万円を支払ったとする被控訴人の主張事実はこれを認めるに足りる証拠がないから、被控訴人の主張は採用のかぎりでない。

3.転売による損害について

被控訴人が昭和四七年一二月に本件土地を株式会社作新がした媒介により代金四六四八万円で訴外崔泳俊に転売したことは当事者に争いがなく、原審における証人崔泳俊の証言及び被控訴人代表者前同本人供述により真正に成立したと認める甲第二四号証並びに同証言及び同本人供述によると、右のように転売することができたけれども、本件土地が現状では住宅等の建築用敷地に供しえないものであることから、転買人崔が被控訴人に対して売主の担保責任を問い、波及するところ控訴人及び作新においても本件土地に関する前記法条の制限事項の解除ないし緩和に努めてみたものの埒があかず、ついに売主被控訴人及び買主崔間において契約解除及び損害賠償をはかった結果、昭和四九年五月に契約解除による原状回復と被控訴人の崔に対する損害賠償金一三〇〇万円の支払いとをもって解決するにいたったことが認められる。

しかしながら、被控訴人は、本件土地を崔に転売するにあたって、被控訴人自身宅地建物取引業者であるから(このことは当事者間に争いがない。)、本件土地に関する前記法条の制限事項を記載した物件説明書を崔に交付しなければならない注意義務があるというべきところ、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果によると、被控訴人は、右転売に関し、みずから当事者として本件土地を売却するものであるのに、物件説明書の交付をすることもなく、ただ株式会社作新に仲介を委託するだけに止まったことが窺われるし、また原審証人森下介忠の証言により真正に成立したと認める乙第五号証の三及び同証言によると、右転売買を媒介した株式会社作新の担当者森下介忠は、すでに本件土地が訴外岩井輝美から被控訴人に売渡される際、「本件土地は大丈夫だろうが、事実関係をもう少し調べてみる必要がある」旨を前記安藤からいわれていたこともあって、安藤の媒介による本件土地の当初の売買契約が成立した後に本件土地につきさらに調査した結果、本件土地の取付道路が幅員二・七メートルしかない部分があって取付道路として不十分であること、及び本件土地の宅地造成工事が未完了、未検査であることを知るにいたったが、これを取引物件たる本件土地の瑕疵であるとはしないで、依頼者である被控訴人には右瑕疵を秘したまま被控訴人と崔との間を媒介して右転売買契約を成立させたことを認めることができる。したがって、被控訴人及び控訴人間においてその売買に際し被控訴人の転売が予見されており、かつ、被控訴人が右転売買契約の成立並びに前記契約解除及び損害賠償によって損害をこうむったとしても、右損害と控訴人の不法行為との間には因果関係がないものと解すべきである。被控訴人の主張(原判決事実欄七、(二)、1から3まで)は理由がない。

被控訴人は、また本件土地の転売により得べかりし利益として一〇〇〇万円を喪失したと主張するけれども、前認定のように、本件土地は被控訴人が代金三六〇〇万一六〇〇円を支払って取得したものであるから、右主張は、転売における本件土地の代金額が四六〇〇万一六〇〇円を超えるものであることを当然の前提にしていると解されるところ、真っ当な取引で、本件土地を四六〇〇万円もの代金額で売買が成立することを肯認するに足りる証拠はさらにないから、被控訴人の右主張もまた理由がない。

したがって、控訴人の被控訴人に対する本件不法行為によって被控訴人に生じた損害は右のとおりであるから、被控訴人の主張は損害額二五〇五万六八〇〇円の限度において理由があるといわなければならない。

控訴人の主張する過失相殺について判断する。

控訴人は、被控訴人及び訴外岩井輝美間の本件売買契約の成立に関し、控訴人が宅地建物取引業者としておこなった媒介業務の執行につき被控訴人主張の過失があったとしても、被控訴人の依頼に基づき本件売買契約の媒介をした同業者たる株式会社作新及び右依頼者であり、かつ、同業者でもある被控訴人にも同様の過失があったと主張するようである。しかし、控訴人の本件不法行為上の過失は、前叙の認定事実によれば、被控訴人が本件売買により取得しようとする本件土地に関し、控訴人が被控訴人に対して、宅地造成等規制法及び建築基準法に基づく制限事項について、本件売買契約の媒介をおこなう宅地建物取引業者として当然しなければならない法定の物件説明をしなかったことに存するものであることが明らかであるから、被控訴人の依頼に基づき控訴人とともに本件売買契約の媒介をおこなった株式会社作新にも控訴人同様の右過失が存するのは格別、作新が新控訴人の代理人又は使用人たる関係にないかぎり、同じく宅地建物取引業者であるとはいえ、被控訴人は、本件売買契約において、その一方当事者であり、かつ、本件売買により本件土地を取得しようとする者であるにとどまるから、控訴人の右過失同様の過失ありとする余地はさらにないというべきである。控訴人の右主張もまた採用のかぎりでない。

以上の理由説示によれば、不法行為に基づく損害賠償として、被控訴人は控訴人に対して金二五〇五万六八〇〇円及びこれに対する本件不法行為時の後である昭和五〇年八月一九日以降支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるといわなければならない。

被控訴人の控訴人に対する請求は、右の金員支払いを求める限度において理由があるから、これを正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきであるが、本件においては、控訴人だけが控訴したから、原判決を控訴人の不利益に変更することは許されないところである。もとより本件控訴は理由がない。

よって、民訴法三八四条一項、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 真榮田哲 裁判官木下重康は転補したので署名押印することができない。裁判長裁判官 中川幹郎)

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